東京地方裁判所 昭和55年(ワ)1739号 判決 1981年2月13日
原告 嶋田勉
<ほか六名>
右七名訴訟代理人弁護士 洗成
被告 株式会社マネージメント・リサーチ・センター
右代表者代表取締役 小林七郎
右訴訟代理人弁護士 田口康雅
同 今村俊一
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、
(一) 原告嶋田勉、原告石井正一、原告石井雅子、原告古沢トシ子及び原告大森久弘に対し、それぞれ金一〇〇万円とこれに対する昭和五四年六月五日から各支払ずみまで年六分の割合による金員
(二) 原告目和男に対し、金一〇五万四〇〇〇円とこれに対する昭和五五年三月二日から支払ずみまで年六分の割合による金員
(三) 原告日本直販株式会社に対し、金二二七四万八八二〇円とこれに対する昭和五四年六月五日から支払ずみまで年六分の割合による金員を各支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 日東ゴルフ企画株式会社(以下「日東ゴルフ」という)は、ゴルフ場の開発、経営等を目的として昭和四七年一一月二八日設立された会社である。
2 日東ゴルフは、福島県東白河郡棚倉町に二七ホールのゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という)を建設して、白河南湖ゴルフ倶楽部(以下「本件ゴルフクラブ」という)を設立することを計画し、昭和四八年春以降、次の募集要綱の下に右クラブの会員を募集した。
コース名 白河南湖ゴルフ倶楽部
コース地名 福島県東白河郡棚倉地区
敷地面積 四五万坪
ホール数 二七ホール
ゴルフ場建設工事着工 昭和四八年五月
同完工 昭和四九年一〇月
ゴルフ場開場 昭和五〇年三月
造成開発事業主 日東ゴルフ企画株式会社
設計、施行業者 株式会社浅沼組
募集会員数 一八〇〇名
縁故募集個人正会員入会金 一〇〇万円
最終個人正会員入会金 二五〇万円
3 日東ゴルフは、右会員募集に当り、昭和四八年六月三〇日ころゴルフ会員権の売買及び仲介斡旋を目的とする原告日本直販株式会社(旧社名プリンスゴルフ株式会社以下「原告会社」という)に対し、本件ゴルフクラブの会員募集を委託し、原告会社との間で次のとおり合意した。
(一) 原告会社は、日東ゴルフからその発行にかかる本件ゴルフクラブの縁故募集個人正会員の会員券額面金一〇〇万円を一口につき金八〇万円で買い受ける。
(二) 原告会社が顧客との間で本件ゴルフクラブの入会契約を成立させたときは、日東ゴルフは顧客に対し直接会員券を発行交付する。
(三) 右の場合、顧客が入会金を日東ゴルフに直接支払った場合は原告会社は、その所持する会員券一枚を日東ゴルフに返還するのと引換えに、日東ゴルフより右入会金相当額の支払を受ける。
(四) 顧客が入会金を原告会社に支払ったときは、日東ゴルフが顧客に会員券を発行するのと引換えに、原告会社はその所持する会員券一枚を日東ゴルフに返還する。
(五) 本件ゴルフ場の建設が中止され、その完成が不可能となった場合は、日東ゴルフは、原告会社の買受けた会員券を、一口につき金一〇〇万円及びこれに対する右買受日から支払ずみまで日歩五銭の利息の合計金額をもって買い戻す。
4 原告会社は、右契約に基づき、日東ゴルフから会員券を、昭和四八年六月三〇日、同年一一月三〇日及び同年一二月二一日に各一〇口、昭和四九年二月二〇日に四口合計三四口を、代金合計二七二〇万円で買い受け、うち一八口につき顧客一八人との間で本件ゴルフクラブの入会契約を成立させたが、残一六口については日東ゴルフから入会契約の締結を中止して欲しいとの要請をうけ、その分の会員券を現に所持している。
5 右一八名の入会者のうち、左記一一名は、それぞれ入会金として左記の金額を日東ゴルフに直接支払った。
(一) 寺島英明 七四万二〇〇〇円
(二) 中川征夫 一〇万円
(三) 長谷川信夫 七三万二〇〇〇円
(四) 原告 古沢トシ子 六八万二〇〇円
(五) 篠原日出雄 七四万五六二〇円
(六) 原告 大森久弘 一〇〇万円
(七) 梅津尚雄 四九万五〇〇〇円
(八) 原告 目和男 六五万四〇〇〇円
(九) 寺島英明 三〇万円
(一〇) 小川瀞也 三〇万円
(一一) 近藤徹夫 一〇〇万円
合計 六七四万八八二〇円
6 日東ゴルフは、本件ゴルフ場の建設を中止し、その完成が不可能となった。
7 原告会社以外の原告らは、昭和四八年一二月ころから同四九年二月ころにかけて、それぞれ日東ゴルフの会員募集に応じ、入会金として、原告嶋田勉、同石井正一、同石井雅子、同古沢トシ子、同大森久弘は各自金一〇〇万円、原告目和男は金一〇五万四〇〇〇円を、支払って日東ゴルフとの間で本件ゴルフクラブの入会契約を締結した。
8 原告会社以外の原告らは、日東ゴルフに対して、昭和五〇年三月後、再三にわたってゴルフ場の建設進行を催告し、かつ、それから相当期間経過後の昭和五四年一一月三〇日ころまでに(原告目和男については昭和五三年八月一四日ころ)各自日東ゴルフに対し、右入会契約の解除の意思表示をした。
9(一) ところで、本件ゴルフ場建設事業は、当初、日東ゴルフが企画、開始したものであるが、その後、同社がこれを遂行する資本力を有しなかったところから、被告が日東ゴルフを乗っ取って同社を完全に支配し、これにより日東ゴルフは形骸と化し、本件ゴルフ場の建設、本件ゴルフクラブの会員募集は、実質的に被告の事業として行なわれるに至った。
(二) 右のとおり日東ゴルフが形骸化し、被告が前記事業の実質的主体となったことは、次の事情に照し、明らかである。すなわち、
(1) (イ)日東ゴルフの代表取締役は須藤久太郎及び山田繁治であるが、同社の意思決定は被告から同社に派遣された出向社員によってなされており、右須藤、山田とも専ら被告の従業員的な立場にとどまっていた。
(ロ)日東ゴルフの代表取締役印、手形帳、ゴルフ会員券、会社の株券は、いずれも右被告の出向社員の保管下にあった。
(2) 被告は、本件ゴルフ場建設に関する一切の事業費(用地取得費、経常経費、人件費等)を負担したばかりか、日東ゴルフの従前の負債を肩がわりし、かつ本件ゴルフ場の造成を断念した後も、苦情処理のための諸経費及び日東ゴルフに対して提起された入会金返還請求訴訟における和解金を負担している。これらの出捐は、被告の経理から直接なされ、後日被告から日東ゴルフに対する貸付として形式的な経理操作がとられているにすぎない。
また、本件ゴルフ場建設事業の唯一の収入である会員からの入会金も、被告の関連会社である大光相互銀行に直接振り込まれ、被告の管理下にあった。
このように、本件ゴルフ場建設事業に関する経理は、すべて被告の経理によって行なわれ、これと独立した日東ゴルフの経理は存在しなかった。
(3) 日東ゴルフ固有の財産は存在しない。本件ゴルフ場用地もすべて被告の所有名義である。
(4) 日東ゴルフの事務所は、被告又はその関連会社の所有する、東京都中野区所在の毛利ビルの一画に置かれていた。
(5) 日東ゴルフにおいては、株式会社法の定める株主総会、取締役会等の所定の手続が全く履践されていなかった。
(6) 被告は、大光相互銀行の関連会社であるが、本件ゴルフクラブの会員募集手続の当初より、日東ゴルフの協力会社として右銀行の名を内外に明示し、あたかも本件ゴルフ場が大光相互銀行の資金的バックを得て経営されているものの如く表示し、宣伝していた。
(三) したがって、法人格否認の法理により、被告は、本件ゴルフクラブの会員募集に関する前記3、7記載の各契約によって原告らに負担する債務につき、責任がある。
10 よって、被告に対し、(1)原告会社は、前記3の契約(三)(四)項に基づき、前記5の入会金相当額金六七四万八八二〇円及び前記4の手残り会員券一六口分金一六〇〇万円合計金二二七四万八八二〇円とこれに対する本件(昭和五四年(ワ)第五〇六三号事件)訴状送達の翌日である昭和五四年六月五日から支払ずみまで、約定利率の範囲内である年六分の割合による利息金を、(2)前記7の入会契約の解除に基づく原状回復として、原告目和男は、入会金一〇五万四〇〇〇円とこれに対する本件(昭和五五年(ワ)第一七三九号事件)訴状送達の翌日である昭和五五年三月二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金、(3)原告嶋田勉、原告石井正一、原告石井雅子、原告古沢トシ子、原告大森久弘は、各自入会金一〇〇万円とこれに対する本件(昭和五四年(ワ)第五〇六三号事件)訴状送達の翌日である昭和五四年六月五日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の、各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、会員募集手続開始時期は知らないが、その余は認める。
3 同3ないし5の事実は知らない。
4 同6の事実は認める。
5 同7、8の事実は知らない。
6 同9(一)の主張は争う。
同(二)(1)(イ)のうち、日東ゴルフの代表取締役が須藤久太郎及び山田繁治であることを認め、その余は否認する。
同(二)(1)(ロ)は認める。
同(二)(2)は否認する。
同(二)(3)のうち、本件ゴルフ場用地が被告の所有名義となっていることは認めるが、その余は知らない。
同(二)(6)のうち、被告が大光相互銀行の関連会社であることは認めるが、その余は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 請求原因1の事実及び同2の事実(ただし、会員募集手続開始の時期の点を除く)、同6の事実は、当事者間に争いがない。
《証拠省略》を総合すれば、請求原因3ないし5、7の各事実を認めることができる。
二 原告らは、本件ゴルフ場の建設及び本件ゴルフクラブの会員募集の事業については、日東ゴルフが名目上の事業主体となっているが、被告は、日東ゴルフを支配し右事業の実質的な主体となったものであるから、法人格否認の法理により、右事業に関して原告らに負担する日東ゴルフ名義の債務についても被告に責任がある旨を主張するので、判断する。
《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。
1 日東ゴルフは、主としてゴルフ場の開発(設計、建設)及び経営を目的として、山田繁治(以下「山田」という)、須藤久太郎(以下「須藤」という)が出資をし、昭和四七年一一月二八日設立された資本金五〇〇万円の会社であり、設立と同時に須藤が昭和四八年五月三一日山田がそれぞれ代表取締役(須藤との共同代表)に就任し、事務所を東京都千代田区神田紺屋町一一番地に置き、設立と同時に、本件ゴルフ場を建設して、本件ゴルフクラブを設立する事業を企画し、山田が右建設に関する官公庁の許認可手続関係の業務を、須藤が会員募集等の営業を、取締役林秀行がゴルフ場の造成に関する業務を、それぞれ分担することにし、右事業に着手した。
2 日東ゴルフは、右ゴルフ場の用地買収・建設資金については、スポンサーを見つけてその融資金によって調達することにしていたが、昭和四八年二月右用地の一部を代金三億円で買い受ける契約を締結し、とりあえず短期借入金によって右契約の手付金一億二〇〇〇万円を支払った。
3 そして、日東ゴルフは、本件ゴルフ場開発の許認可申請手続を進める一方、昭和四八年三月頃から会員券販売代行業者への委託、パンフレットの配布等により、本件ゴルフクラブの会員募集、すなわち会員券の販売業務を開始し、その結果、後記のとおり被告から融資を受けるようになった同年一一月頃までの間に会員券販売代金二億九一〇〇万円の収入を得、右代金は、大光相互銀行池袋支店及び東京信用金庫相模原支店の日東ゴルフの預金口座に入金された。
4 日東ゴルフは、最初三洋汽船株式会社から本件ゴルフ場の用地買収・建設資金(前記短期借入金の返済資金)の融資を受け、その後協和機興株式会社にその肩替りをしてもらったが、昭和四八年六月頃、大光相互銀行の関連会社として同銀行の資金貸出の窓口となっていた被告との間で、右用地買収・建設資金の融通を受けることの話合がまとまり、その際、被告は、日東ゴルフに対して本件ゴルフ場建設のため全面的に資金援助をすることを約した。
5 被告は、右合意に基づき、昭和四八年一一月頃から日東ゴルフの前記協和機興株式会社に対する債務二億円を代払いしたのを初めとし、その後、継続して日東ゴルフに融資を行い、当初は、ゴルフ場用地買収・建設資金のための融資のみであったが、昭和四九年二月頃からは日東ゴルフの人件費等の経常経費についても融資を行い、右融資額は、昭和五〇年三月までに四億数千万円に達した。被告が日東ゴルフに対してこのように融資を継続したのは、本件ゴルフ場の建設を完成させて、その経営収益により、あるいは、その売却代金から累積した融資金を回収するほかはないと判断したためであった。
6 被告は、昭和四九年八月以来日東ゴルフがゴルフ場用地として買い受け所有権移転登記を受けた土地全部につき、日東ゴルフから被告名義に所有権移転登記を経由したが、いずれについても被告名義の所有権移転登記と同時にこれと併わせて日東ゴルフを買戻権者とする買戻特約の登記を経由しており、右各所有権移転登記は、被告の日東ゴルフに対する前記用地買収資金貸付の担保のためにする趣旨であった。
また、山田及び須藤は、その所有する日東ゴルフの株券全部を被告に引き渡したが、これも、被告の日東ゴルフに対する前記貸付の担保に供する目的で、有価証券担保差入証に基づき被告に差し入れたものであった。
7 ところで、被告会社の専務取締役片岡誠一郎(以下「片岡」という)は、被告が日東ゴルフに融資を始めた昭和四八年一一月頃山田からその日東ゴルフの代表取締役印を預り、翌昭和四九年六月頃には、須藤からもその日東ゴルフの代表取締役印を預った。また、同年二月頃から、村田亮が片岡の意向を受けて日東ゴルフの経理担当の取締役に就任し、同人が日東ゴルフの手形・小切手帳、銀行預金通帳を保管するようになった。そして、その頃から、山田、須藤が日東ゴルフの業務を執行するにあたっては、事前に片岡と相談のうえ行わなければならなくなり、また、日東ゴルフ名義の手形・小切手の振出、金銭の支出についても予め稾議書を作成して片岡の決裁を受ける必要があった。しかし、このように片岡が山田、須藤の業務執行を事実上監督し、日東ゴルフの経理の管理を行うようになったのは、被告が日東ゴルフに対して多額の用地買収資金や経営経費までも融通するようになったため、被告の日東ゴルフに対する債権を保全するため、これらの融資金が適正に支出されることを監視する方法として行われたものであった。
8 被告は、前記のとおり日東ゴルフに対して資金援助をしたほか、日東ゴルフが作成・配付した本件ゴルフクラブのパンフレットに関係会社として被告名を記載することを承認し、また、日東ゴルフが会員券販売代行業者を集めて開催した説明会に、片岡が出席して「被告も本件ゴルフ場の建設に協力している」旨を話したりして、日東ゴルフの営業活動に協力した。また、被告は、昭和四九年春ごろからその関連会社の事務室の一画を、また昭和五一年春ごろからは被告自身の事務室の一画を、日東ゴルフの事務所として同社に使用させていた。
以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
そこで、前記認定事実に基づいて判断するに、被告は、日東ゴルフが本件ゴルフ場用地として買い受けた土地につき被告名義に所有権移転登記を経由しているが、これは、被告の日東ゴルフに対する貸付の担保のためであり、被告と日東ゴルフとの財産が混同していることの証左とはいえず、他に右混合の事実を認めるに足りる証拠はない。また、被告は山田、須藤からその日東ゴルフの株券の引渡を受けたが、これも右と同様の担保として引き渡されたものであって、これをもって被告が日東ゴルフの経営権を実質的に掌握したものということはできない。また被告は、前記認定のとおり本件ゴルフクラブの会員募集に協力したり、日東ゴルフに事務室を提供するなど同社の営業活動に協力・援助を与えているが、この事実によって被告と日東ゴルフの業務活動が混同しているものと認めることはできず、他に右混合の事実を認めるに足りる証拠はない。また、日東ゴルフの代表取締役印、手形・小切手帳、預金通帳が、片岡や同人の意を受けている日東ゴルフの取締役によって保管されており、同社の代表取締役が業務を執行し、同社の金員を支出するには、片岡との事前協議や同人の決済を要したという前記認定事実に照せば、日東ゴルフの業務活動、経理は右事実の限度において被告の管理下にあったものといわなければならないが、しかしこれは、前記認定のとおり被告が日東ゴルフに対する債権を保全するための方法として行われたことであり、これにより、被告が日東ゴルフの経営を自己の経営と同様に完全に支配したものということができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
また、被告は、本件ゴルフ場建設のため資金を出捐したものであるが、これは、日東ゴルフに対する貸付金として支出されていること、日東ゴルフの会員券販売による収入は同社の預金口座に入金されていることに照せば、被告と日東ゴルフとの間に収支の区別が欠如していたということもできない。
以上、要するに、被告は日東ゴルフに対して多額の融資を行ったため、貸付債権保全の目的から日東ゴルフの業務活動、経理についてある程度の管理を行なったが、被告と日東ゴルフとの間には、財産・業務活動の混同、収支に関する区別の欠如をみることができず、また、被告が日東ゴルフの営業を被告の営業と実質的に同一視できるほどに支配したという関係を認めることができないから、本件ゴルフ場に関する事業を実質上被告の事業であるとして、右事業に関する債務も被告に属するという原告の主張はこれを採用することができない。
三 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 黒田直行)